ソレと許すだらうか。心の中で、賤しんでゐる者の子息に、最愛の娘を与へるだらうか。子は子である。父は父である。之《こ》れ位の事理の分らない父ではない。が、兄が突然家出して、さなきだに淋しい今、自分を手離して、他家《よそ》へやるだらうか。さう思ふと、瑠璃子の心に伸びた空想の翼は、また忽ち半《なかば》以上切り取られてしまつた。が、万一さうなら、又万一父が容易に承諾したら?
「あの! 杉野子爵がお見えになりました。」彼女の息は可なりはづんでゐた。

        六

 父は娘の心を知らなかつた。杉野子爵の突然の来訪を、迷惑がる表情があり/\と動いた。
「杉野! ふーむ。」父は苦り切つたまゝ容易に立たうとはしなかつた。
 父が、杉野子爵に対してかうした感情を持つてゐる以上、又兄の家出と云ふ傷ましい事件が起つてゐる以上、縦令《たとひ》子爵の来訪が、瑠璃子の夢見てゐる通《とほり》の意味を持つてゐたにしろ、容易に纏まる筈はなかつた。さう考へると、彼女の心は、墨を流したやうに暗くなつてしまつた。
「仕方がない! お通しなさい!」さう云つたまゝ、父は羽織を着るためだらう、階下《した》の部屋へ下りて行つ
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