するほど、その動揺は大きくなつた。
杉野子爵の長男直也は、父に似ぬ立派な青年だつた。音楽会で知り合つてから、瑠璃子は知らず識らずその人に惹き付けられて行つた。男らしい顔立と、彼の火のやうな熱情とが、彼女に対する大きな魅惑だつた。二人の愛は、激しく而も清浄だつた。
二人は将来を誓ひ合つた。学校を出れば、正式に求婚します。青年は口癖のやうに繰返した。
青年は今年の四月学習院の高等科を出てゐる。『学校を出ると云ふことが、学習院を出ることを、意味するなら。』さう考へると瑠璃子は踏んでゐる足が、階段に着かぬやうに、そは/\した。まだ一度も、尋ねて来たことのない子爵が、わざ/\尋ねて来る。さう考へて来ると、瑠璃子の小さい胸は取り止めもなく掻き擾されてしまつた。
が、つい此間青年と園遊会で会つたとき、彼はおくび[#「おくび」に傍点]にも、そんなことは云はなかつた。正式に突然求婚して、自分を駭かさうと云ふ悪戯かしら。彼女は、そんなことまで、咄嗟の間に空想した。
が、苦り切つてゐる、父の顔を見たとき彼女の心は、急に暗くなつた。縦令《たとひ》、それが瑠璃子の思ふ通りの求婚であつたにしろ、父がオイ
前へ
次へ
全625ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング