品があつた。昔気質の父が時々瑠璃子を捕へて『男なりせば』の嘆を漏すのも無理ではなかつた。
まだ父が、何か云はうとする時であつた。邸前の坂道を疾駆して馳け上る自動車の爆音が聞えたかと思ふと、やがてそれが門前で緩んで、低い警笛《アラーム》と共に、一輛の自動車が、唐沢家の古びた黒い木の門の中に滑り入つた。
五
父子の悲しい淋しい緊張は、自動車の音で端なく破られた。瑠璃子は、もつとかうしてゐたかつた。父の気持も訊き、兄に対する善後策も講じたかつた。彼女は、自分の家の恐ろしい悲劇を知らず顔に、自動車で騒々しく、飛び込んで来る客に、軽い憎悪をさへ感じたのである。
老婢《ばあや》は、何かに取り紛れてゐるのだらう、容易に取次ぎには出て来ないやうだつた。
「老婢はゐないかしら!」さう呟くと、瑠璃子は自分で、取次ぎするために、階段を下りかけた。
「大抵の人だつたら、会へないと断るのだよ。いゝかい。」
さう言葉をかけた父を振り顧つて見ると、相変らず蒼い顫へてゐるやうな顔色をしてゐた。
瑠璃子が、階段を下りて、玄関の扉を開けたとき、彼女は訪問者が、一寸意外な人だつたのに駭いた。そ
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