を、お父さんにも、お目にかけ得る時が来るだらうと思ふのです。」
「あゝよして呉れ!」父は排《はら》ひ退けるやうに云つた。「そんな事は聞きたくない。馬鹿な! 画描きなどが、画を描くことなどが、……」父は苦々しげに言葉を切つた。
「お父さんには、幾何《いくら》云つても解らないのだ。」兄も投げ捨てるやうに云つた。
「解つてたまるものか。」父の手がまたかすかに顫へた。
 二人が、敵《かたき》同士のやうに黙つて相対峙して居る裡に、二三分過ぎた。
「光一!」父は改まつたやうに呼びかけた。
「何です!」兄も、それに応ずるやうに答へた。
「お前は、今年の正月|俺《わし》が云つた言葉を、まさか忘れはしまいな。」
「覚えてゐます。」
「覚えてゐるか、それぢやお前は、此の家にはをられない訳だらう。」
 兄の顔は、憤怒のために、見る/\中に真赤になり、それが再び蒼ざめて行くに従つて、悲壮な顔付になつた。
「分りました。出て行けと仰《おつ》しやるのですか。」怒のために、兄はわな/\顫へてゐた。
「二度と、画を描くと、家には置かないと、あの時云つて置いた筈だ。お前が、俺《わし》の干渉を受けたくないのなら、此家を出
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