子に取つては、彼の画題となる一茎の草花に現はれてゐる、自然の美しさほどの、刺戟も持つてゐなかつた。時代が違つてゐ、人間が違つてゐた。何の共通点もない人間同士が、血縁でつながつてゐることが、何より大きい悲劇だつた。
「黙つてゐては分らない。何とか返事をなさい!」日本の大正の王《キング》リアは、かう云つて石のやうに黙つてゐる子に挑んだ。

        三

「お父さん!」兄は静《しづか》に頭を擡《あ》げた。平素は、黙々として反抗を示す丈《だけ》の兄だつたが、今日は徹底的に云つて見ようといふ決心が、その口の辺に動いてゐた。「貴方《あなた》が、幾何《いくら》仰《おつ》しやつても、僕は政治などには、興味が向かないのです。殊に現在のやうな議会政治には、何の興味も持つてゐないのです。僕は、お父さんの仰《おつ》しやるやうに、法科を出て政治家になるなどと云ふことには、何の興味もないのです。」兄の言葉は、針のやうに鋭く澄んで来た。
「もう少し待つて下さい。もう少し、気長に私のすることを見て居て下さい。その中に、画を描くことが、人間としてどんなに立派な仕事であるか、堂々たる男子の事業として恥かしくないか
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