が来ても、止むことはなかつた。何時が来ても、一致しがたい平行線の争ひだつた。
 母が、昨年死んでから、淋しくなつた家庭は、取り残された人々が、その淋しさを償ふために、以前よりも、もつと睦まじくなるべき筈だのに、実際はそれと反対だつた。調和者《ピイスメイカア》としての母がゐなくなつた為、兄と父との争ひは、前よりも激しくなり、露骨になつた。
「馬鹿を云へ! 馬鹿を云へ!」
 父のしはがれた張り裂けるやうな声が、聞えた。それに続いて、何かを擲《なげう》つやうな物音が、聞えて来た。
 瑠璃子は、その音をきくと、何時も心が暗くなつた。また父が兄の絵具を見付けて、擲つてゐるのだ。
 さう思つてゐると、又カンバスを引き裂いてゐるらしい、帛《きぬ》を裂く激しい音が聞えた。瑠璃子は、思はず両手で、顔を掩うたまゝかすかに顫へてゐた。
 芸術と云つたやうなものに、粟粒ほどの理解も持つてゐない父が悲しかつた。絵を描くことを、ペンキ屋が看板を描くのと同じ位に卑しく見貶《みくだ》してゐる父の心が悲しかつた。それと同じやうに、芸術をいろ/\な人間の仕事の中で、一番|尊《たつと》いものだと思つてゐる、兄の心も悲しかつ
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