で云へば旧時代と新時代との争ひ、旧思想と新思想との争ひ、それは十九世紀後半の露西亜《ロシア》や西欧諸国|丈《だけ》の悩みではなかつた。それは、一種の伝染病として、何時の間にか、日本の上下の家庭にも、侵入してゐるのだつた。
五六十になる老人の生活目標と、二十年代の青年の生活目標とは、雪と炭のやうに違つてゐる。一方が北を指せば、一方は西を指してゐる。老人が『山』と云つても、青年は『川』とは答へない。それだのに、老人は自分の握つてゐる権力で、父としての権力や、支配者としての権力や、上長者としての権力で、青年を束縛しようとする。西へ行きたがつてゐる者を、自分と同じ方向の、北へ連れて行かうとする。其処から、色々な家庭悲劇が生れる。
瑠璃子は、父の心持も判つた。兄の心持も判つた。父の時代に生れ、父のやうな境遇に育つたものが、父のやうな心持になり、父のやうな目的のために戦ふのは、当然であるやうに想はれた。が、兄のやうな時代に生れ、兄のやうな境遇に育つたものが、兄のやうに考へるのも亦当然であるやうに思はれた。父も兄も間違つてはゐなかつた。お互に、間違つてゐないものが、争つてゐる丈に、その争ひは何時
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