は張り裂けるやうです。美奈さん! 許して下さい。どうぞ、妾《わたし》の罪を許して下さい!」
 瑠璃子は苛責に堪へないやうに、面《おもて》を伏せて終つた。
「まあ! お母様、何を仰しやるのです。許して呉れなんて、妾《わたし》、何も……」
 美奈子は、烈しい恥しさに堪へながら、母を慰めようとした。
「こんなことは、許しを願へるやうなものではないかも知れません。本当に、許しがたいことです。『|許し難いこと《イントレランス》』です。貴女《あなた》が許して下さつても、妾《わたし》の心は何時までも、何時までも苦しむのです。妾《わたし》が、世の中で一番愛してゐる貴女に、恐ろしい不幸を浴びせてゐようとは恐ろしいことです。恐ろしいことです。」
 冷静な母の態度も、心の烈しい其の苛責の為めに、だん/\乱れて行つた。
 美奈子は、最初自分の心を母からマザ/\と指摘された恥しさで、動乱してゐたが、それが静まるに連れて、母の自分に対する愛、誠意にだん/\動かされ初めた。

        八

「妾《わたし》が、男性に対する意地と反感とでしたことが、男性を傷《きずつ》けないで、却つて女性、しかも妾《わたし》には、一番親しい、一番愛してゐる貴女を傷けようとは、夢にも思はなかつたのです。何と云ふ皮肉でせう。何と云ふ恐ろしい皮肉でせう。」
 母の心の悶えは、益々烈しくなつて行くやうだつた。
「妾《わたし》の生活が、破産する日が、到頭来たのです。妾《わたし》の生活の罰が、妾《わたし》の最も愛する貴女の上に振りかかつて来ようとは。」
 瑠璃子の声はかすかに顫へてゐた。
「妾《わたし》は、今までどんな人から、どんなに妾《わたし》の生活を非難されても、ビクともしなかつたのです。妾《わたし》の生活態度のために、犠牲者が出ようとも、ビクともしなかつたのです。妾《わたし》は、孔雀のやうに勝ち誇つてゐたのです。凡ての男性を蹂み躙つてゐたのです。が、男性ばかりを蹂み躙つてゐるつもりで、得意になつてゐると、その男性に交つて、女性! しかも妾《わたし》には一番親しい女性を蹂み躙つてゐたのです。」
 瑠璃子は、さう云ひ切ると、ぢつと面《おもて》を垂れたまゝ黙つてしまつた。
 美奈子は、母の真剣な言葉に依つて、胸をヒタ/\と打たれるやうに思つた。母が、自分のために何物をも犠牲にしようと云ふ心持、自分を傷けたために、母が感じ
前へ 次へ
全313ページ中291ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング