「往きと帰りは、電車にしませうね。歩くと大変だから。」
 瑠璃子は、さう云ひながら、一番に部屋を出た。青年も美奈子も、黙つてそれに続いた。
 三人が、ホテルの玄関に出て、ボーイに送られながら、その階段を降りようとしたときだつた。暮れなやむ夏の夕暮のまだほの明るい暗《やみ》を、煌々たる頭光《ヘッドライト》で、照し分けながら、一台の自動車が、烈しい勢で駈け込んで来た。
 美奈子は、塔の沢か湯本あたりから、上つて来た外人客であらうと思つたので、あまり注意もしなかつた。
 が、美奈子と一緒に歩いてゐた母は、自動車の中から、立ち現はれた人を見ると、急に立ち竦んだやうに目を眸《みは》つた。いつもは、冷然と澄してゐる母の態度に、明かな狼狽が見えてゐた。夕暗の中ではあつたが、美しい眼が、異様に光つてゐるのが、美奈子にも気が付いた。
 美奈子も、駭いて相手を見た。母をこんなに駭かせる相手は、一体何だらうかと思ひながら。


 一条の光

        一

 相手は、まだ三十になるかならない紳士だつた。金縁の眼鏡が、その色白の面《おもて》に光つてゐた。純白な背広が、可なりよく似合つてゐた。彼は一人ではなかつた。直ぐその後から、丸顔の可愛い二十《はたち》ばかりの夫人らしい女が、自動車から降りた。
 美奈子は、夫婦とも全然見覚えがなかつた。
 瑠璃子が、相手の顔を見ると、ハツと駭いたやうに、紳士も瑠璃子の顔を見ると、ハツと顔色を変へながら、立竦んでしまつた。
 紳士と瑠璃子とは、互に敵意のある眼付を交しながら、十秒二十秒三十秒ばかり、相対して立つてゐた。それでも、紳士の方は、挨拶しようかしまいかと、一寸|躊躇《ためら》つてゐるらしかつたが、瑠璃子が黙つて顔を背けてしまふと、それに対抗するやうに、また黙つて顔を背けてしまつた。
 が、瑠璃子から顔を背けた相手は、彼女の右に立つてゐる青年の顔を見ずにはゐなかつた。青年の顔を見たときに、紳士の顔は、前よりも、もつと動揺した。彼の駭きは、前よりも、もつと烈しかつた。彼は、声こそ出さなかつたが、殆んど叫び出しでもするやうな表情をした。
 彼は、狼狽《あわて》たやうに瑠璃子の顔を見直した。再び青年の顔を見た。そして、青年の顔と瑠璃子の顔とを見比べると、何か汚らはしいものをでも見たやうな表情をしながら、妻を促して、足早に階段を上つてしまつた。
 美奈
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