七
「お関所の歴史なんか、今夜ぢやなくてもいゝぢやないの。」
瑠璃子は、美奈子が、再度図書室へ行かうと云ふのを聴くと、少しじれ[#「じれ」に傍点]たやうに、さう云つた。
「何うして妾《わたし》と一緒に行くのが、お嫌ひなの。美奈さんも、青木さんも、今夜に限つて何うしてそんなに煮え切らないの。」
瑠璃子は、青年の火のやうな憤怒も、美奈子の苦衷も、何も分らないやうに、平然と云つた。
「ねえ! 美奈さん、お願ひだから行つて下さいね。貴女が、行きたがらないものだから、青木さんまでが、出渋るのですわ。ねえ! さうでせう、青木さん!」
弱い兎を、苛責《いぢ》める牝豹か何かのやうに、瑠璃子は何処までも、皮肉に逆に逆に出るのであつた。美奈子は、青年の顔を見るのに堪へなかつた。青年がどんなに怒つてゐるか、また美奈子がゐるために、その怒《いかり》を少しも洩すことが出来ない苦しさを察すると、美奈子は気の毒で、顔を背けずにはゐられなかつた。
瑠璃子には、青年の憤怒などは、眼中にないやうだつた。それでも、暫くしてから、青年をなだめ[#「なだめ」に傍点]るやうに云つた。
「さあ! 三人で機嫌よく行かうぢやありませんか。ねえ! 青木さん。何をそんなに、気にかけていらつしやるの。」
さう、可なり優しく云つてから、彼女は意味ありげに附け加へた。
「妾《わたし》此間中から、考へてゐることがあつて、くさ/\してしまつたの。散歩でもして、気を晴らしてから、もつとよく考へて見たいと思ふの。」
それは、暗に青年に対する云ひ訳のやうであつた。まだ、十分に考へが纏つてゐないこと、従つて今夜の返事を待つて呉れと云ふ意味が、言外に含まれてゐるやうだつた。
それを聴くと、青年の怒りは幾分、解けたらしかつた。彼は不承々々に椅子から、腰を離した。
美奈子も、やつと安心した。やつぱり、母は、真面目に、此二三日口も利かずに、青年の申出を、考へたに違ひない。それが、到頭纏りが付かないために、返事の延期を、青年にそれとなく求めたに違ひない。それを、青年が不承々々ではあるが、承諾した以上、今夜の約束を延ばされたのだ。さう思ふと、自分が母達に同伴することが、必ずしも青年の恋の機会の邪魔をすることではないと思ふと彼女は漸く同伴する気になつた。
三人は、それ/″\に、いつもよりは、少しく身拵《みごしらへ》を丁寧にした。
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