容易に見出し得るに違《ちがひ》ない、信一郎はさう考へた。
 その日は、廓然と晴れた初夏の一日だつた。もう夏らしく、白い層雲が、むく/\と空の一角に湧いてゐた。水色の空には、強い光が、一杯に充ち渡つて、生々の気が、空にも地にも溢れてゐた。たゞ、青山の葬場に集まつた人|丈《だけ》は、活々とした周囲の中に、しめつぽい静かな陰翳を、投げてゐるのだつた。
 青年の不幸な夭折が、特に多くの会葬者を、惹き付けてゐるらしかつた。信一郎が、定刻の三時前に行つたときに、早くも十幾台の自動車と百台に近い俥が、斎場の前の広い道路に乗り捨てゝあつた。控席に待合はしてゐる人々は、もう五百人に近かつた。それだのに、自動車や俥が、幾台となく後から/\到着するのだつた。死んだ青年の父が、貴族院のある団体の有力な幹部である為に、政界の巨頭は、大抵網羅してゐるらしかつた。貴族院議長のT公爵の顔や、軍令部長のS大将の顔が、信一郎にも直ぐそれと判つた。葉巻を横|銜《くは》へにしながら、場所柄をも考へないやうに哄笑してゐる巨漢は、逓信大臣のN氏だつた。それと相手になつてゐるのは、戦後の欧洲を、廻つて来て以来、風雲を待つてゐるらしく思はれてゐるG男爵だつた。その外首相の顔も見えた。内相もゐた。陸相もゐた。実業界の名士の顔も、五六人は見覚えがあつた。が、見渡したところ信一郎の知人は一人もゐなかつた。彼は、受附へ名刺を出すと、控場の一隅へ退いて、式の始まるのを待つてゐた。
 誰も彼に、話しかけて呉れる人はなかつた。接待をしてゐる人達も、名士達の前には、頭を幾度も下げて、その会葬を感謝しながら、信一郎には、たゞ儀礼的な一揖を酬いただけだつた。
 誰からも、顧みられなかつたけれども、信一郎の心には、自信があつた。千に近い会葬者が、集まらうとも、青年の臨終に侍したのは、自分一人ではないか。青年の最期を、見届けてゐるのは、自分一人ではないか。青年の信頼を受けてゐるのは自分一人ではないか。その死床に侍して介抱してやつたのは、自分一人ではないか。もし、死者にして霊あらば、大臣や実業家や名士達の社交上の会葬よりも、自分の心からな会葬を、どんなに欣ぶかも知れない。さう思ふと、信一郎は自分の会葬が、他の何人《なんぴと》の会葬よりも、意義があるやうに思つた。彼はさうした感激に耽りながら、ぢつと会葬者の群を眺めてゐた。急に、皆が静かにな
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