つたかと思ふと、戞々《かつ/\》たる馬蹄の響がして、霊柩を載せた馬車が遺族達に守られて、斎場へ近づいて来るのだつた。
二
霊柩を載せた馬車を先頭に、一門の人々を載せた馬車が、七八台も続いた。信一郎は、群衆を擦り脱けて、馬車の止まつた方へ近づいた。次ぎ/\に、馬車を降りる一門の人々を、仔細に注視しようとしたのである。
霊柩の直ぐ後の馬車から、降り立つたのは、今日の葬式の喪主であるらしい青年であつた。一目見ると、横死した青年の肉親の弟である事が、直ぐ判つた。それほど、二人はよく似てゐた。たゞ学習院の制服を着てゐる此青年の背丈が、国府津で見たその人の兄よりも、一二寸高いやうに思はれた。
その次ぎの馬車からは、二人の女性が現はれた。信一郎は、その孰《いづ》れかゞ瑠璃子と呼ばれはしないかと、熱心に見詰めた。二人とも、死んだ青年の妹であることが、直ぐ判つた。兄に似て二人とも端正な美しさを持つてゐた。年の上の方も、まだ二十を越してゐないだらう。その美しい眼を心持泣き脹して、雪のやうな喪服を纏うて、俯きがちに、しほたれて歩む姉妹の姿は、悲しくも亦美しかつた。
それに、続いてどの馬車からも、一門の夫人達であらう、白無垢を着た貴婦人が、一人二人宛降り立つた。信一郎は、その裡の誰かゞ、屹度《きつと》瑠璃子に違ひないと思ひながら、一人から他へと、慌《あわたゞ》しい眼を移した。が、たゞいら/\する丈《だけ》で、ハツキリと確める術は、少しもなかつた。
霊柩が式場の正面に安置せられると、会葬者も銘々に、式場へ雪崩《なだ》れ入つた。手狭な式場は見る見る、一杯になつた。
式が始まる前の静けさが、其処に在つた。会葬者達は、銘々慎しみの心を、表に現はして紫や緋の衣を着た老僧達の、居並ぶ祭壇を一斉に注視してゐるのであつた。
式場が静粛に緊張して、今にも読経の第一声が、この静けさを破らうとする時だつた。突如として式場の空気などを、少しも顧慮しないやうなけたゝましい、自動車の響が場外に近づいた。祭壇に近い人々は、遉《さすが》に振向きもしなかつた。が、会葬者の殆ど過半が、此無遠慮な闖入者に対して叱責に近い注視を投げたのである。
自動車は、式場の入口に横附けにされた。伊太利《イタリー》製らしい、優雅な自動車の扉が、運転手に依つて排せられた。
会葬者の注視を引いた事などには、何
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