のですもの。此間、お家が広いので、夜寝室の中に、一人ゐると何だか寂しく心細くなると、申しますと、勝彦さんは、それなら毎晩部屋の外で番をしてやらうと仰《おつ》しやるのですよ。妾《わたくし》冗談だとばかり、思つてゐますと、一昨夜二時過ぎに、廊下に人の気勢《けはひ》がするので、扉《ドア》を開けて見ますと、勝彦さんが立つていらつしやるぢやありませんか。それが、丁度中世紀の騎士《ナイト》が、貴婦人を護る時のやうに、儼然として立つていらつしやるのですもの。妾《わたくし》可笑しくもあれば、有難くも思つたわ。妾《わたくし》此の頃、智恵のある怜悧な方には、飽き/\してゐますの、また、その智恵を、人を苦しめたり陥れたりする事に使ふ人達に、飽き/\してゐますのよ。また、人が傷け合つたり陥れ合つたりする世間その物にも、愛想が尽きてゐますのよ。妾《わたくし》、勝彦さんのやうな、のんびりとした太古の心で、生きてゐる方が、大好きになりましたのよ。貴方の前でございますが、何うして勝彦さんを捨てゝ、貴方を選んだかと思ふと、後悔してゐますのよ。おほゝゝゝゝゝ。」
 爽かな五月の流が、蒼い野を走るやうに、瑠璃子は雄弁だつた。黙つて聴いてゐた勝平の顔は、怒《いかり》と嫉妬のために、黒ずんで見えた。


 余りに脆き

        一

 勝平は、冗談かそれとも真面目かは分らないが、人を馬鹿にしてゐるやうに、からかつてゐるやうに、勝彦を賞める瑠璃子の言葉を聞いてゐると、思はずカツとなつてしまつて、手に持つてゐる茶碗や箸を、彼女に擲《なげ》つけてやりたいやうな烈しい嫉妬と怒とを感じた。が、口先ではそんな厭がらせを云ひながらも、顔|丈《だけ》は此の頃の秋の空のやうに、澄み渡つた麗かな瑠璃子を見てゐると、不思議に手が竦んで、茶碗を投げ付けることは愚か、一指を触るゝことさへも、為し得なかつた。
 が、勝平は心の中で思つた。此の儘にして置けば、瑠璃子と勝彦とは、日増に親しくなつて行くに違ひない。そして自分を苦しめるのに違ひない。少くとも、当分の間、自分と瑠璃子とが本当の夫婦となるまで、何うしても二人を引き離して置く必要がある。勝平は、咄嗟にさう考へた。
「あはゝゝゝゝ。」彼は突然取つて付けたやうに笑ひ出した。「まあいゝ! 貴女《あなた》がそんなに馬鹿が好きなら連れて行くもよからう。貴女のやうなのは、天邪鬼と云ふの
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