言《こと》三|言《こと》言葉を返すと、俊寛はすぐかっとなって、成経に掴《つか》みかかろうとして、基康の手の者に、取りひしがれた。
 それから後、幾時間かの間の俊寛の憤りと悲しみと、恥とは喩《たと》えるものもなかった。彼は、目の前で、成経と康頼とがその垢《あか》じみた衣類を脱ぎ捨てて、都にいる縁者から贈られた真新しい衣類に着替えるのを見た。嬉し涙をこぼしながら、親しい者からの消息を読んでいるのを見た。が、重科を赦免せられない俊寛には、一通の玉章《たまずさ》をさえ受くることが許されていなかった。俊寛は、砂を噛み、土を掻きむしりながら、泣いた。
 船は、飲料水と野菜とを積み込み、成経と康頼とを収めると、手を合わして乗船を哀願する俊寛を浜辺に押し倒したまま、岸を離れた。
 そして、俊寛をもっと苦しめるための故意からするように、三反ばかりの沖合に錨を投げて、そこで一夜を明かすのであった。
 俊寛は、終夜浜辺に立って、叫びつづけた。最初は罵り、中途では哀願し、最後には、たわいもなく泣き叫んだ。
「判官どの、のう! 今一言申し残せしことの候ぞ。小舟なりとも寄せ候え」
「基康どの、僧都をあわれと思召《
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