おぼしめ》さば、せめて九|国《ごく》の端までも、送り届け得させたまえ」
 が、俊寛の声は、渚《なぎさ》を吹く海風に吹き払われて、船へはすこしもきこえないのだろう。闇の中に、一の灯もなく黒く纜《もや》っている船からは、応という一声さえなかった。
 夜が更《ふ》くるにつけ、俊寛の声は、かすれてしまった。おしまいには、傷ついた海鳥が泣くようなかすかな悲鳴になってしまった。が、どんなに声がかすれても、根よく叫びつづけた。
 そのうちに、夜はほのぼのと明けていった。朝日が渺々《びょうびょう》たる波のかなたに昇ると、船はからからと錨を揚げ、帆を朝風にばたばたと靡《なび》かせながら巻き上げた。俊寛は、最後の叫び声をあげようとしたけれども、声はすこしも咽喉《のど》から出なかった。船の上には、右往左往する水夫《かこ》どもの姿が見えるだけで、成経、康頼はもとより、基康も姿を現さない。
 見る間に船は、滑るように動き出した。もう、乗船の望みは、すこしも残ってはいなかったが、それでも俊寛は船を追わずにはいられなかった。船は、島に添いながら、北へ北へと走る。俊寛は、それを狂人のように、こけつまろびつ追った。が、
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