船は、流人《るにん》たちの姿を見ると、舳を岸の方へ向けて、帆をひたひたと下ろしはじめた。やがて、船は岸から三反とない沖へ錨《いかり》を投げる。三人は岸辺に立ちながら、声を合せて欣《よろこ》びの声をあげた。さすがに、俊寛をも除外しないで、三人は、手をとりあったまま、声をあげて泣きはじめたのである。

          二

 船は、流人たちの期待に背《そむ》かず、清盛からの赦免の使者、丹左衛門尉基康《たんさえもんのじょうもとやす》を乗せていた。が、基康の持っていた清盛の教書は、成経と康頼とを天国へ持ち上げるとともに、俊寛を地獄の底へ押し落した。俊寛は、狂気のように、その教書を基康の手から奪い取って、血走る目を注いだけれども、そこには俊寛とも僧都《そうず》とも書いてはなかった。俊寛は、激昂のあまり、最初は使者を罵《ののし》った。俊寛の名が漏れたのは、使者の怠慢であるといいつのった。が、基康が、その鋒鋩《ほうぼう》を避けて相手にしないので、今度は自分を捨てて行こうとする成経と康頼に食ってかかった。そして、成経と康頼とを卑怯者であり、裏切者であると罵倒した。成経が、それに堪えかねて、二|
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