できた俊寛は、自分たちの生活を、いろいろな点でよくしていった。都会生活の経験のよいところだけを妻に教えた。無知ではあったが、利発な彼女は俊寛のいうことを理解して、すこしずつ家庭生活を愉快にしていった。
 結婚してからすぐ、俊寛は、妻に大和《やまと》言葉を教えはじめた。三月経ち四月経つうちには、日常の会話には、ことを欠かなかった。蔓草のさねかずらをした妻が、閑雅《かんが》な都言葉を口にすることは、俊寛にとって、この上もない楽しみであった。言葉を一通り覚えてしまうと、俊寛は、よく妻を砂浜へ連れて行って、字を書くことを教えた。浅香山《あさかやま》の歌を幾度となく砂の上に書き示した。
 妻は、その年のうちに、妊娠した。こうした生活をする俊寛にとって、子供ができるということは普通人の想像も及ばない喜びだった。俊寛は、身重くなった妻を嘗《な》めるように、いたわるのであった。翌年の春に、妻は玉のような男の子を産んだ。子供ができてからの俊寛の幸福は、以前の二倍も三倍にもなった。
 俊寛の畑は毎年よく実った。彼は子供ができたのを機会に、妻に手伝わせて、小屋を新しく建て直した。もう、どんな嵐が来ても、びく
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