岩山が聳《そび》えていた。
ふと、そこに、大きい岩を背後《うしろ》にして、この島には珍しい椰子《やし》の木が、十本ばかり生えているのを見た。そしてその椰子に覆われた鳶色《とびいろ》の岩から、一条の水が銀の糸のように滴《したた》って、それが椰子の根元で、小さい泉になっているのを見た。水は、浅いながらに澄み切って、沈んでいる木の葉さえ、一々に数えられた。渇し切っている俊寛は、犬のようにつくばって、その冷たい水を思い切りがぶがぶ飲んだ。それが、なんという快さであっただろう。それは、彼が鹿ヶ谷の山荘で飲んだいかなる美酒にも勝《まさ》っていた。彼が、その清冽《せいれつ》な水を味わっている間は、清盛に対する怨みも、島にただ一人残された悲しみも、忘れ果てたようにすがすがしい気持だった。彼は、蘇《よみがえ》ったような気持になって立ち上った。そして、椰子の梢を見上げた。すると、梢に大きい実が二つばかり生《な》っているのを見た。俊寛は、疲労を忘れて、猿のようによじ登った。それを叩き落すと、そばの岩で打ち砕き、思うさま貪《むさぼ》り食った。
彼は、生れて以来、これほどのありがたさと、これほどのうまさとで
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