れないで、水夫《かこ》の手から、それを地上に叩き落とした。むろん、今でも自分の小屋まで帰れば乾飯《ほしい》もたくさん残っている。が、俊寛には一里に近い道を歩く勇気などは、残っていなかった。
激しい渇きと餓えとは、彼の心を荒《すさ》ませ、自殺の心を起させた。彼は、目の前の海に身を投げることを考えた。そうして、なぜ基康の船がいるうちに、死ななかったかを後悔した。基康や、あの裏切者の成経や康頼の目前で死んだならば、すこしは腹癒《はらい》せにもなるのだったと思った。今死んでは犬死にであると思った。が、死のうという心は変らなかった。帰洛《きらく》の望みを永久に断たれながら暮していくことは、彼には堪えられなかった。二十間ばかり向こうの岸に、一つの岩があり、その下の水が、ことさらに深いように見えた。
彼が、決心して立ち上ったとき、彼はふと水の匂いを嗅いだ。それは、真水《まみず》の匂いであった。極度に渇している彼の鼻は、犬のように鋭くなっているのだった。彼は、水の匂いを嗅ぐと、その方角へ本能的に走り出した。唐竹の林の中を、彼は獣のように潜《くぐ》った。十問ばかり潜ったとき、その林が尽きて、そこから
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