いる俊寛の頬にも、朝の微風が快かった。彼が目を開くと、自分の身体の上に茂り重っている蒼々《そうそう》たる榕樹の梢《こずえ》を洩れたすがすがしい朝の日光が、美しい幾条の縞《しま》となって、自分の身体に注いているのを見た。さすがに、しばらくの間は、清らかな気持がした。が、すぐ二、三日来の出来事が、悪夢のように帰ってき、そして激しい渇きを感じたので、彼はよろよろと立ち上った。それでも、縹渺《ひょうびょう》と無辺際《むへんざい》に広がっている海を、未練にももう一度見直さずにはいられなかった。が、群青色《ぐんじょういろ》にはろばろと続いている太平洋の上には、信天翁《あほうどり》の一群が、飛び交《こ》うているほかは、何物も見えない。成経や康頼を乗せた船が、今まで視野の中に止っているはずはなかった。
 彼が再び地上に身を投げたとき、身を焼くような渇きと餓えとが、激しく身に迫ってきた。
 彼は、赦免の船が来て以来、何も食っていないのだった。基康はさすがに彼をあわれがって、船の中で炊《かし》いだ飯を持って来てくれたのであるが、瞋恚《しんい》の火に心を焦《こが》していた俊寛は、その久しぶりの珍味にも目もく
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