日比谷の図書館へ行ってみた。が、そこのカタログには、幾度繰り直しても、見出されなかった。
「ああ上野、あそこが唯一のしかも最後の希望だ」彼はもう日が暮れかかっていたにもかかわらず、後へ引っ返した。あの鉄の三層の階段を、どんなに急いで駆け上ったか、そして、どんなにときめく心と険しい目付とをもって Fine Arts――Sculpture の項を、探ったことだろう。そこで、運よく本当に運よく Gardener――The Manuscript of Greek Sculpture という字を見出した時に、譲吉の心はどんなに嬉しかっただろう。
「ああ、やっと救われたな」と、思った。
 彼は、その翌日から毎日のように、上野の図書館へ通った。が、その仕事がどんなに退屈で不便であっただろう。自分が本を持っていた時には、朝起きた時のしばらくとか、床に就く前の二、三時間などに執る筆が、どんなに仕事を進捗せしめたことだろう。が、仕事の場所が制限され、従って時間が制限されることによって仕事は少しもはかどらなかった。と、同時に仕事そのものが、いよいよ苦しくなっていった。
 が、彼は根よく二、三カ月、毎日、その
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