、大男の方も、小男の手伝いをせぬことを、当然として恨みがましい顔もしなかった。
譲吉は、その頃よく彼らの生活を考えてみた。同じ下足番であっても、劇場の下足番や寄席の下足番とは違って、華やかなところが少しもなかった。その上に彼等の社会上の位置を具体化したように、いつも暗い地下室で仕事をしている。下足番という職業が持っている本来の屈辱の上に、まだ暗い地下室で一日中|蠢《うごめ》いている。勤務時間がどういう風であったかは知らないが、譲吉が夜遅く帰る時でも、やっぱり同じく彼らが残っていたように思う。来る年も来る年も、来る月も来る月も、毎日毎日、他人《ひと》の下駄をいじるという、単調な生活を繰り返していったならば、どんな人間でもあの二人の爺のように、意地悪に無口に利己的になるのは当然なことだと思った。いつまであんな仕事をしているのだろう。恐らく死ぬまで続くに違いない。おそらく彼らが死んでも、入場者の二、三人が、
「この頃あの下足番の顔が見えないな」と、軽く訝しげに思うにとどまるだろう。先の短い年でありながら、残り少ない月日を、一日一日ああした土の牢で暮さねばならぬ彼らに、譲吉は心から同情した。
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