た。二人はいかなる場合にも、たいていは口を利かなかった。二人の間でも、ほとんど言葉を交わさなかった。深い海の底にいる魚が、だんだんその視力を無くすように、こうした暗い地下室に、この、人の下駄をいじるという賤役に長い間従っているために、いつの間にか嫌人的《ミザンスロピック》になり、口を利くのが嫌になっているようであった。
 二人はまた極端に利己的であるように、譲吉には思われた。二人は、入場者を一人|隔《お》きに引き受けているようであった。従って、大男の順番に当っている時に、入場者が小男の方に下駄を差し出すと、彼はそしらぬ顔をして、大男の方を顎で指し示した。小男の順番に当っている時、大男の方へ下駄を差し出した場合も、やっぱりそうであった。彼らは、下足の仕事を正確に二等分して、各自の配分のほかは、少しでも他人《ひと》の仕事をすることを拒んだ。入場者の場合は、それでもあまり大した不都合も起らなかったが、退場者の場合に、大男の受札の者が、五、六人もどやどやと続けて出て、大男が目の回るように立ち回っている時などでも、小男は澄まし返っていて、小さい火鉢にしがみつくようにして、悠然と腰を下していた。が
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