あの暗い地下室に頑張っている爺だった。
上野の図書館へ行ったものが誰も知っているように、正面入口に面して、右へ階段を下りると、そこに乾燥床《ドライエリア》があって、そこから地下室の下足に、入るようになっている。その入口には昼でもガスが灯っている。そのガスの灯を潜るようにして入ると、そこに薄暗いしかも広闊な下足があった。譲吉はそこに働いている二人の下足番を知っていた。ことに譲吉の頭にはっきりと残っているのは、大男の方であった。六尺に近い大男で、眉毛の太い一癖あるような面構えであったが、もう六十に手が届いていたろう。もう一人の方は、頭のてかてか禿げた小男であった。
二人は恐ろしく無口であった。下足を預ける閲覧者に対しても、ほとんど口を利かなかった。職務の上でもほとんど口を利かなかった。劇場や、寄席、公会場の下足番などが客の脱ぎ放した下駄を、取り上げて預かるようになっているのと違って、ここでは閲覧者自身に下駄を取り上げさせた。またそうしなければならぬような設備になっていた。もし初めての入館者などが下駄を脱いだままぼんやりと立っている場合などに、この大男の爺は、顎でその脱いだ下駄を指し示し
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