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図書館の下足の爺何時までか
  下駄をいじりて世を終るらん
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 これは、譲吉がいつだったか、ノートの端にかきつけた歌だった。もとより拙《つたな》かった。が、自分の心持、下足番の爺に対するあの同情的な心持だけは、出ているように思っていた。

 あの爺も相変らずいるに違いないと思った。まだ俺の顔も、見忘れてはいまいと思った。高等学校時代に絶えず通っていた上に、譲吉は彼らと一度いさかいをしたことがあった。それは、何でも高等学校の二年の時だったろう。
 彼は、その日何でも非常に汚い尻切れの草履をはいていた。その頃、彼は下駄などはほとんど買ったことがなく、たいていは同室者の下駄をはき回っていたのだったが、その日は日曜か何かで、皆が外出したので、はくべき下駄がなかったのであろう。彼が、いつもの通り、その汚い草履を手に取って、大男の方へ差し出すと、彼はそれを受け取ってすぐ自分の足元に置いたまま、しばらく待っても下足札をくれようとしなかった。
「どうしたんだ? 札をくれないか」と、譲吉は少しむっとしたので、荒っぽくいった。
「いや分かっています」と、大
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