、じっと殺《ころ》されるのを待《ま》ち構《かま》えました。
が、その時《とき》、鳥《とり》が自分《じぶん》のすぐ下《した》に澄《す》んでいる水《みず》の中《なか》に見《み》つけたものは何《なん》でしたろう。それこそ自分《じぶん》の姿《すがた》ではありませんか[#「ありませんか」は底本では「ありませんが」]。けれどもそれがどうでしょう、もう決《けっ》して[#「決して」は底本では「決しで」]今《いま》はあのくすぶった灰色《はいいろ》の、見《み》るのも厭《いや》になる様《よう》な前《まえ》の姿《すがた》ではないのです。いかにも上品《じょうひん》で美《うつく》しい白鳥《はくちょう》なのです。百姓家《ひゃくしょうや》の[#「百姓家の」は底本では「百性家の」]裏庭《にわ》で、家鴨《あひる》の巣《す》の中《なか》に生《うま》れようとも、それが白鳥《はくちょう》の卵《たまご》から孵《かえ》る以上《いじょう》、鳥《とり》の生《うま》れつきには何《なん》のかかわりもないのでした。で、その白鳥《はくちょう》は、今《いま》となってみると、今《いま》まで悲《かな》しみや苦《くる》しみにさんざん出遭《であ》った事《こと》が喜《よろこ》ばしい事《こと》だったという気持《きもち》にもなるのでした。そのためにかえって今《いま》自分《じぶん》とり囲《かこ》んでいる幸福《こうふく》を人《ひと》一|倍《ばい》楽《たの》しむ事《こと》が出来《でき》るからです。御覧《ごらん》なさい。今《いま》、この新《あたら》しく入《はい》って来《き》た仲間《なかま》を歓迎《かんげい》するしるしに、立派《りっぱ》な白鳥達《はくちょうたち》がみんな寄《よ》って、めいめいの嘴《くちばし》でその頸《くび》を撫《な》でているではありませんか。
幾人《いくにん》かの子供《こども》がお庭《にわ》に入《はい》って来《き》ました。そして水《みず》にパンやお菓子《かし》を投《な》げ入《い》れました。
「やっ!」
と、一番《いちばん》小《ちい》さい子《こ》が突然《とつぜん》大声《おおごえ》を出《だ》しました。そして、
「新《あたら》しく、ちがったのが来《き》てるぜ。」
そう教《おし》えたものでしたら、みんなは大喜《おおよろこ》びで、お父《とう》さんやお母《かあ》さんのところへ、雀躍《こおどり》しながら馳《か》けて行《い》きました。
「ちが
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