ん彼《かれ》を前《まえ》へ前《まえ》へと進《すす》めてくれます。で、とうとう、まだ彼《かれ》が無我夢中《むがむちゅう》でいる間《あいだ》に大《おお》きな庭《にわ》の中《なか》に来《き》てしまいました。林檎《りんご》の木《き》は今《いま》いっぱいの花《はな》ざかり、香《かぐ》わしい接骨木《にわどこ》はビロードの様《よう》な芝生《しばふ》の周《まわ》りを流《なが》れる小川《おがわ》の上《うえ》にその長《なが》い緑《みどり》の枝《えだ》を垂《た》れています。何《なに》もかも、春《はる》の初《はじ》めのみずみずしい色《いろ》できれいな眺《なが》めです。このとき、近《ちか》くの水草《みずくさ》の茂《しげ》みから三|羽《わ》の美《うつく》しい白鳥《はくちょう》が、羽《はね》をそよがせながら、滑《なめ》らかな水《みず》の上《うえ》を軽《かる》く泳《およ》いであらわれて来《き》たのでした。子家鴨《こあひる》はいつかのあの可愛《かわ》らしい鳥《とり》を思《おも》い出《だ》しました。そしていつかの日《ひ》よりももっと悲《かな》しい気持《きもち》になってしまいました。
「いっそ僕《ぼく》、あの立派《りっぱ》な鳥《とり》んとこに飛《と》んでってやろうや。」
と、彼《かれ》は叫《さけ》びました。
「そうすりゃあいつ等《ら》は、僕《ぼく》がこんなにみっともない癖《くせ》して自分達《じぶんたち》の傍《そば》に来《く》るなんて失敬《しっけい》だって僕《ぼく》を殺《ころ》すにちがいない。だけど、その方《ほう》がいいんだ。家鴨《あひる》の嘴《くちばし》で突《つつ》かれたり、牝鶏《めんどり》の羽《はね》でぶたれたり、鳥番《とりばん》の女《おんな》の子《こ》に追《お》いかけられるなんかより、どんなにいいかしれやしない。」
こう思《おも》ったのです。そこで、子家鴨《こあひる》は急《きゅう》に水面《すいめん》に飛《と》び下《お》り、美《うつく》しい白鳥《はくちょう》の方《ほう》に、泳《およ》いで行《い》きました。すると、向《むこ》うでは、この新《あたら》しくやって来《き》た者《もの》をちらっと見《み》ると、すぐ翼《つばさ》を拡《ひろ》げて急《いそ》いで近《ちか》づいて来《き》ました。
「さあ殺《ころ》してくれ。」
と、可哀《かわい》そうな鳥《とり》は言《い》って頭《あたま》を水《みず》の上《うえ》に垂《た》れ
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