を忘《わす》れるくらいです。それは、さっきの鳥《とり》の名《な》も知《し》らなければ、どこへ飛《と》んで行《い》ったのかも知《し》りませんでしたけれど、生《うま》れてから今《いま》までに会《あ》ったどの鳥《とり》に対《たい》しても感《かん》じた事《こと》のない気持《きもち》を感《かん》じさせられたのでした。子家鴨《こあひる》はあのきれいな鳥達《とりたち》を嫉《ねた》ましく思《おも》ったのではありませんでしたけれども、自分《じぶん》もあんなに可愛《かわい》らしかったらなあとは、しきりに考《かんが》えました。可哀《かわい》そうにこの子家鴨《こあひる》だって、もとの家鴨達《あひるたち》が少《すこ》し元気《げんき》をつける様《よう》にしてさえくれれば、どんなに喜《よろこ》んでみんなと一緒《いっしょ》に暮《くら》したでしょうに!
さて、寒《さむ》さは日々《ひび》にひどくなって来《き》ました。子家鴨《こあひる》は水《みず》が凍《こお》ってしまわない様《よう》にと、しょっちゅう、その上《うえ》を泳《およ》ぎ廻《まわ》っていなければなりませんでした。けれども夜毎々々《よごとよごと》に、それが泳《およ》げる場所《ばしょ》は狭《せま》くなる一方《いっぽう》でした。そして、とうとうそれは固《かた》く固《かた》く凍《こお》ってきて、子家鴨《こあひる》が動《うご》くと水《みず》の中《なか》の氷《こおり》がめりめり割《わ》れる様《よう》になったので、子家鴨《こあひる》は、すっかりその場所《ばしょ》が氷《こおり》で、閉《と》ざされてしまわない様《よう》力《ちから》限《かぎ》り脚《あし》で水《みず》をばちゃばちゃ掻《か》いていなければなりませんでした。そのうちしかしもう全《まった》く疲《つか》れきってしまい、どうする事《こと》も出来《でき》ずにぐったりと水《みず》の中《なか》で凍《こご》えてきました。
が、翌朝《よくあさ》早《はや》く、一人《ひとり》の百姓《ひゃくしょう》が[#「百姓が」は底本では「百性が」]そこを通《とお》りかかって、この事《こと》を見《み》つけたのでした。彼《かれ》は穿《は》いていた木靴《きぐつ》で氷《こおり》を割《わ》り、子家鴨《こあひる》を連《つ》れて、妻《つま》のところに帰《かえ》って来《き》ました。温《あたた》まってくるとこの可哀《かわい》そうな生《い》き物《もの》
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