入《はい》るものみんな、何《なに》もかも、子家鴨《こあひる》にとっては悲《かな》しい思《おも》いを増《ま》すばかりです。
 ある夕方《ゆうがた》の事《こと》でした。ちょうどお日様《ひさま》が今《いま》、きらきらする雲《くも》の間《あいだ》に隠《かく》れた後《のち》、水草《みずくさ》の中《なか》から、それはそれはきれいな鳥《とり》のたくさんの群《むれ》が飛《と》び立《た》って来《き》ました。子家鴨《こあひる》は今《いま》までにそんな鳥《とり》を全《まった》く見《み》た事《こと》がありませんでした。それは白鳥《はくちょう》という鳥《とり》で、みんな眩《まばゆ》いほど白《しろ》く羽《はね》を輝《かがや》かせながら、その恰好《かっこう》のいい首《くび》を曲《ま》げたりしています。そして彼等《かれら》は、その立派《りっぱ》な翼《つばさ》を張《は》り拡《ひろ》げて、この寒《さむ》い国《くに》からもっと暖《あたたか》い国《くに》へと海《うみ》を渡《わた》って飛《と》んで行《い》く時《とき》は、みんな不思議《ふしぎ》な声《こえ》で鳴《な》くのでした。子家鴨《こあひる》はみんなが連《つ》れだって、空《そら》高《たか》くだんだんと昇《のぼ》って行《い》くのを一心《いっしん》に見《み》ているうち、奇妙《きみょう》な心持《こころもち》で胸《むね》がいっぱいになってきました。それは思《おも》わず自分《じぶん》の身《み》を車《くるま》か何《なん》ぞの様《よう》に水《みず》の中《なか》に投《な》げかけ、飛《と》んで行《い》くみんなの方《ほう》に向《むか》って首《くび》をさし伸《の》べ、大《おお》きな声《こえ》で叫《さけ》びますと、それは我《われ》ながらびっくりしたほど奇妙《きみょう》な声《こえ》が出《で》たのでした。ああ子家鴨《こあひる》にとって、どうしてこんなに美《うつく》しく、仕合《しあわ》せらしい鳥《とり》の事《こと》が忘《わす》れる事《こと》が出来《でき》たでしょう! こうしてとうとうみんなの姿《すがた》が全《まった》く見《み》えなくなると、子家鴨《こあひる》は水《みず》の中《なか》にぽっくり潜《くぐ》り込《こ》みました。そしてまた再《ふたた》び浮《う》き上《あが》って来《き》ましたが、今《いま》はもう、さっきの鳥《とり》の不思議《ふしぎ》な気持《きもち》にすっかりとらわれて、我《われ》
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