ろ》にまだほかの沢地《たくち》があるがね、そこにやまだ嫁《かたず》かない雁《がん》の娘《むすめ》がいるから、君《きみ》もお嫁《よめ》さんを貰《もら》うといいや。君《きみ》は見《み》っともないけど、運《うん》はいいかもしれないよ。」
 そんなお喋《しゃべ》りをしていますと、突然《とつぜん》空中《くうちゅう》でポンポンと音《おと》がして、二|羽《わ》の雁《がん》は傷《きず》ついて水草《みずくさ》の間《あいだ》に落《お》ちて死《し》に、あたりの水《みず》は血《ち》で赤《あか》く染《そま》りました。
 ポンポン、その音《おと》は[#「その音は」は底本では「その者は」]遠《とお》くで涯《はて》しなくこだまして、たくさんの雁《がん》の群《むれ》は一《いっ》せいに蒲《がま》の中《なか》から飛《と》び立《た》ちました。音《おと》はなおも四方八方《しほうはっぽう》から絶《た》え間《ま》なしに響《ひび》いて来《き》ます。狩人《かりうど》がこの沢地《たくち》をとり囲《かこ》んだのです。中《なか》には木《き》の枝《えだ》に腰《こし》かけて、上《うえ》から水草《みずくさ》を覗《のぞ》くのもありました。猟銃《りょうじゅう》から出《で》る青《あお》い煙《けむり》は、暗《くらい》い木《き》の上《うえ》を雲《くも》の様《よう》に立《た》ちのぼりました。そしてそれが水上《すいじょう》を渡《わた》って向《むこ》うへ消《き》えたと思《おも》うと、幾匹《いくひき》かの猟犬《りょうけん》が水草《みずくさ》の中に跳《と》び込《こ》んで来《き》て、草《くさ》を踏《ふ》み折《お》り踏《ふ》み折《お》り進《すす》んで行《い》きました。可哀《かわい》そうな子家鴨《こあひる》がどれだけびっくりしたか! 彼《かれ》が羽《はね》の下《した》に頭《あたま》を隠《かく》そうとした時《とき》、一|匹《ぴき》の大《おお》きな、怖《おそ》ろしい犬《いぬ》がすぐ傍《そば》を通《とお》りました。その顎《あご》を大《おお》きく開《ひら》き、舌《した》をだらりと出《だ》し、目《め》はきらきら光《ひか》らせているのです。そして鋭《するど》い歯《は》をむき出《だ》しながら子家鴨《こあひる》のそばに鼻《はな》を突《つ》っ込《こ》んでみた揚句《あげく》、それでも彼《かれ》には触《さわ》らずにどぶんと水《みず》の中《なか》に跳《と》び込《こ》んでしまい
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