。ともすれば懶《ものう》い駘蕩《たいとう》たる春霞の中にあって、十万七千の包囲軍はひしひしと犇《ひしめ》き合って小田原城に迫って居る。
酒匂《さかわ》川を渡って城東には徳川家康の兵三万人、城北荻窪村には羽柴秀次、秀勝の二万人、城西水之尾附近には宇喜多秀家の八千人、城南湯本口には池田輝政、堀秀政等の大軍が石垣山から早川村に陣を布《し》いて居る。その上、相模湾には水軍の諸将が警備の任につき、今や小田原城は完全な四面包囲を受けて居る。此の時北条方にとって憎む可き裏切者が出た。即ち宿老松田憲秀であって、密使を早雲寺の秀吉に発し、小田原城の西南、笠懸山に本営を進むべきことを説いて居る。そこで秀吉が実地検分してみると、小田原城を真下に見下して、本陣としては実に絶好の地だ。よいと思ったら何事にも機敏な秀吉のことだから、直ちに陣営の塀や櫓《やぐら》を白紙で張り立て、前面の杉林を切払って模擬城を築いた。一夜明けて小田原城から見ると、石坦を築き、白壁をつけた堂々たる敵営が聳《そび》えて居るのだから、随分面喰っただろうと思う。
「凡人の態《さま》ならず、秀吉は天魔の化身にや」
と驚いて居る時、秀吉は既に
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