主人には忠なり。左馬介と新六郎と取り違えたりとも損とは申されじ」と、云った。秀吉「ちんば奴《め》が、空とぼけやがって!」と、苦笑してそのままになった。
また、北条家の使節として、秀吉の所へやって来た事のある板部岡江雪斎も捕えられて、手かせ足かせを入れられて、秀吉の前に引き出された。
秀吉怒って、「汝先年の約束に背き、主家を滅し快きか」と面罵した。すると、江雪斎自若として「辺土の将、時勢を知らず名胡桃を取りしは、これ北条家の武運尽くる所なりしかれども、天下の勢を引き受け、数ヶ月を支えしは、当家の面目之に過ぎず」と、云い放った。秀吉「汝は、京に上せ磔《はりつけ》にかけんと思いしが、わが面前に壮語して主家を恥しめざるは、愛《う》い奴かな」と云って命を助けて、お側衆にしてくれた。爾後、板部を取ってただ岡江雪斎と云った。秀吉の寛大歎ずべしだ。柴田勝家の甥なる在久間安次とその弟は、勝家滅後大和に在って、秀吉に抗していたが、そこも落されて、小田原に籠り、小田原落城後、武州金沢の称名寺にかくれていたが、秀吉之を呼び出し、「勝家の甥として、我に手向うは殊勝なり。然れども今や天下我に帰したれば、汝達の
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