小田原陣直後奥州の辺土へ転封され、百万石の知行にあきたらず、たとえ二十万石でも都近くにあらばと、涙を呑んで中原《ちゅうげん》の志を捨てた位の意気は、髣髴《ほうふつ》として覗《うかがわ》れるのである。
 此の頃になると、関東方面に散在して居る諸城は、相次いで陥落し、小田原城は愈々孤立無援の状態にある。
 六月二十二日には、関東の強鎮八王寺城が上杉景勝、前田利家の急襲に逢って潰《つい》えて居る。石田三成の水攻めにあいながらも、よく堅守して居る忍《おし》城の成田氏長の様な勇将もあったが、小田原城の士気は全く沮喪して仕舞った。
 此の年の五月雨《さみだれ》は例年より遙かに長かったらしい。霧を伴い、亦屡々豪雨の降ったことは当時の戦記の到る所に散見して見える。
 十重二十重に囲まれ、その上連日の霖雨《りんう》であるから、いくら遊び事をして居たって、城内の諸士が相当に腐ったのは想像出来る。
 気持ちが滅入って来ると、疑心暗鬼を生じて来る。前には松田憲秀の様なスパイ事件もあるし、機敏な秀吉は此の形勢を見て、盛んに調略、策動をやった。斯くて「小田原城中群疑蜂起し、不和の岐《ちまた》となつて、兄は弟を疑ひ
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