の贈物にならないと思ったもんだから――それで、アメリアさんのをつけてあげたのよ。」
セエラはベッキイに飛びついて、ひしと彼女を抱きしめました。なぜか、妙に喉のつまる気がしました。
「ベッキイちゃん。」セエラは一種変った笑い方をしました。「私、ベッキイちゃんが大好きよ。それはそれは好き!」
「まアお嬢様。もったいないわ、お嬢様。そんなにしていただくような贈物でもないのに。あの、――あのフランネルは古物だし。」
七 その後のダイヤモンド鉱山[#「ダイヤモンド鉱山」は底本では「ダトヤモンド鉱山」]
お誕生日の午後、セエラは着飾ったミンチン先生に手を引かれ、先頭に立って、柊で飾られた教室に入って行きました。セエラのうしろには、『最後の人形』の箱を持った僕《しもべ》が続きました。次は第二の贈物の箱を持った女中、それからさっぱりした前掛を掛け、新しい帽子を被ったベッキイが、やはり贈物の箱を持ってついてきました。
セエラはほんとうは、そんな仰山《ぎょうさん》な真似はしたくなかったのでしたが、ミンチン先生はわざわざセエラを自分の部屋に呼んで、自分と一緒に行列の先頭に立てと仰しゃったのでした。セエラがぎょうぎょうしく教室に入って行くと、上級の少女達は肱をつきあいました。小さい少女達はただ嬉しそうにざわざわいいはじめました。それを見ると、セエラは何となく気はずかしくなるのでした。ミンチン先生は
「皆さん、静かになさい。」と一応注意してから、僕達《しもべたち》に向って、
「ジェームス、その箱をテエブルの上に置いて、蓋をお開けなさい。エムマ、お前のは椅子の上にお置きなさい。それから、ベッキイ!」と急にきびしい口調でいいました。ベッキイはちょうどロッティと眼を見合せながら、にやにやしているところでしたので、ミンチン先生の尖った声を聞くと、びっくりして一種滑稽なお辞儀をしました。それを見ると、ラヴィニアやジェッシイはくすくす笑い出しました。
「傍見《わきみ》なんかしてちゃアいけません。その箱を下に置くんですよ。それがすんだら、お前達は向うへ行くんですよ。」
僕と女中が退いてしまうと、ベッキイは思わずテエブルの上の箱の方へ首を伸しました。青繻子で出来た何かが、薄い包紙の皺の間に、透いて見えました。
「あの、ミンチン先生。」とセエラは突然いいました。「ベッキイさんだけは、もうちょっとの間、ここにいてもいいでございましょう?」
「ベッキイなんかを、どうしてここに置くのです。」
「でも、あの娘だって贈物を見たいでしょうから。あの娘だって、私達と同じ小さい女の子なのですもの。」
「まア、セエラさん、ベッキイは下女ですよ。下女なんて――あなた方のようなお嬢さんとは身分が違います。」
ミンチン女史は、今までに一度も、ベッキイをセエラ達と比べて考えてみた事はありませんでした。女史の考えに従えば、小使娘などというものは、石炭を運んだり、火をおこしたりする機械でしかなかったのでした。
「でも私、ベッキイだって、私と同じ女の子だと思います。今日は私のお誕生日ですから、私のお願いをかなえて、あの娘をよろこばしてやって下さいませんか。」
「じゃア、今日は特別に許してあげましょう。レベカ、お前セエラさんにお礼を仰しゃい。」
この話の間、ベッキイは、部屋の片隅にしりごみしながら、前掛の縁《へり》をいじくっていましたが、ミンチン女史にそういわれますと、ひょこひょこ出てきてお辞儀をしました。彼女は思うようにお礼の言葉もいえませんのでした。
「ほんとに、どうも、お嬢様。もううれしくって、私はお人形が見たくてたまらなかったの。ありがとうございます。それから、先生、ありがとうございます。」
「あっちの隅に立ってお出で。」ミンチン先生は出口の方をさしていいました。
「あんまり皆さんのそばに寄っちゃアいけないよ。」
ベッキイはにやにや笑いながらその隅へ退きました。どんな隅にでも居残ることを許されたのは、台所で胸をわくわくさせているより、どんなにいいかしれませんでした。ミンチン先生はやがて一ツ咳払いをして、そうしていいました。
「皆さんがたにちょっと申し上げておきたいことがあります。御存じの通り、セエラさんは今日十一歳になられました。」
「ひいきのセエラ嬢だ。」と、ラヴィニアがそっと囁きました。
「あなたがたの中にも、もう十一になられた方が五六人はあるでしょう。が、セエラさんのお誕生日は、それらの方々のお誕生日とは、少し意味が違います。というのは、セエラさんはもう少し大きくなると、非常な財産を相続なさるからです。その時が来たら、セエラさんは、世の中のためになるように、そのお金を使わなければならないと思います。」
「ダイヤモンド鉱山のことか。」とジェッシイは小声でいって、忍び笑いをしました。
セエラは先生のいうことを聞いていたわけではありませんでしたが、青鼠色の眼でじっと先生を見ていると、何となくくわっとして来るのを覚えました。先生がお金のことを話していると知ると、私はあの先生が好きだったためしはないというような気持になりました。子供のくせに、大人を憎むなんて、生意気なことだとは解っていましたが。――
ミンチン女史は訓話を続けました。
「クルウ大尉が、セエラさんを印度から伴れて来て、私に預けた時、大尉は戯談《じょうだん》らしくこういわれました。『先生、私はこの娘が近い将来に大変な成金になるのだと思うと心配です。』で、私は大尉にこうお答え申し上げたのです。『私の教育は、お嬢様の財産の飾りとなるようなものでなければなりますまい。』と。今セエラさんは、学校中で一番よくお出来になる生徒さんです。セエラさんのフランス語や舞踏は、学校の誇《ほこり》と申さねばなりません。それにセエラさんのお行儀は、プリンセス・セエラと呼ぶにふさわしいほど、非の打ちどころがありません。セエラさんは今日、皆さんに対する愛情のしるしとして、このお茶の会を開くことになさったのです。皆さんはセエラさんの物惜しみしない気持を、きっとうれしくお思いになることと存じます。そのしるしに皆さん、大きい声で『セエラさん、ありがとう。』と仰しゃって下さい。」
皆は、いつかセエラが初めて来た時のように、いっせいに立ち上って、
「セエラさん、ありがとう。」といいました。ロッティなどは、いいながら高く飛び上ったほどでした。セエラは羞《はずか》しそうにもじもじしていましたが、やがて裾をつまんで、優雅な礼をしました。
「皆さん、ようこそお出で下さいました。」
「セエラさん、よく出来ました。」とミンチン先生は褒めました。「まるで宮様《プリンセス》が人民から『万歳』をあびせかけられた時とそっくりです。ラヴィニアさん、今あなたは鼾《いびき》のような声をたてましたね。セエラさんが嫉《ねた》ましいのなら嫉ましいで、もう少し上品に、嫉ましさを表したらいいでしょう。さ、皆さんは何でも好きなことをしてお遊びなさい。」
先生の背後《うしろ》に扉《ドア》が閉されるや否や、少女達はまるで呪文を解かれたように、椅子から飛び出して、箱の周囲《まわり》に駈け集りました。セエラもうれしそうに、箱の一つを覗きました。
「これは、きっと本よ。」
すると、アアミンガアドは
「あなたのパパも、お誕生日に本を下さるの? 私のパパとちっとも違わないのね。そんなもの開けるのおよしなさいよ。」
「でも、私は本が大好きなのよ。」
『最後の人形』は実に見事なものでした。少女達はそれを見ると、声をあげ、息もつまるほど喜びました。
「ロッティと大してちがわないくらいね。」
いわれてロッティは手を叩き、笑いこけながら踊り廻りました。
「まるでお芝居にでも行くように盛装しているのね。」と、ラヴィニアまでいいました。「外套には貂の毛皮がついているわ。」
「あら、オペラ・グラスまで持っててよ。」とアアミンガアドは前へ出てきました。
「トランクもあるわ。開けてみましょうよ。」
セエラは床に坐って、トランクの鍵を外しました。懸子《かけご》が一つはずされるごとに、いろいろの珍しいものが出てきました。たとえばレエスの衿飾《えりかざり》や、絹の靴下、それから首飾や、ペルシャ頭巾の入った宝石函、長い海獺《らっこ》のマッフや手套、舞踏服、散歩服、訪問服、帽子や、お茶時の服や、扇などが、あとからあとからと出てくるのでした。
セエラは無心にほほえんでいる人形に、大型の黒天鵞絨《くろびろうど》の帽子をかぶせてやりながら、こういいました。
「ことによると、このお人形には私達のいっていることが解るのかもしれないわね。皆さんにほめられて、得意になっているのかもしれないわね。」
すると、ラヴィニアは大人ぶっていいました。
「あなたは、いつもありもせぬことばかり考えているのね。」
「そりゃアそうよ。私空想ほど面白いものはないと思うわ。空想はまるで妖精のようなものよ。何かを一生懸命に空想していると、ほんとうにその通りになってくるような気がするものよ。」
「あなたは何でも持っているから、何を空想しようと御勝手よ。でも、万一あなたが乞食になって屋根裏に住むようになるとしたら、それでもあなたは、空想したり、つもり[#「つもり」に傍点]になったりしていられるでしょうかね。」
「私きっと出来ると思うわ。乞食だって空想したり、つもり[#「つもり」に傍点]になったり出来ないことはないと思うわ。でも、辛いことは、辛いでしょうねえ。」
そのとたんに、アメリア嬢が入って来ました。セエラはあとで思い返して、ほんとうに不思議なとたん[#「とたん」に傍点]だったとよく思いました。
「セエラさん、あなたのお父様の代理人のバアロウさんがいらしって、ミンチン先生とお二人きりで御相談なさらねばならないことがあるそうですから、あなたがたは客間に行って、御馳走を食べてらっしゃい。その間に姉は、この教室でバアロウさんとお話を済ますでしょうから。」
御馳走と聞いて、皆は眼を光らせました。アメリア嬢は皆を並ばせ、セエラを先頭に立てて、客間の方へ出て行きました。あとには、あの『最後の人形』だけが、夥《おびただ》しい衣裳とともに教室に残されていました。
ベッキイだけは、御馳走をいただくことも出来ないと思いましたので、悪いこととは知りながら、ちょっとあとに残って、美しい人形や、衣裳を眺め廻しておりました。ちょうどベッキイがそっとマフを摘み上げ、それから外套を手に取って見ている時でした。ベッキイはミンチン女史の声が、戸のすぐ外にするのを聞き、震え上って、テエブルの下に身を隠しました。
ミンチン女史は、骨張った体つきの、小柄な紳士を伴れて入ってきました。紳士は何か落ちつかない風でした。ミンチン先生も確かに落ちついていたとはいえません。彼女はいらいらした顔つきで、この小柄な紳士を見つめました。
「バアロウさん、どうかお掛け下さい。」
バアロウ氏は、すぐには腰を下しませんでした。氏は、そこらに散らばっている人形や、人形の小道具に眼を惹かれているようでした。彼は眼鏡をかけ直し、何か咎めだてるように、それらのものを見詰めました。『最後の人形』は、そんなことは、一向無頓着に、ただ真直《まっすぐ》に立って、彼を見返しているばかりでした。
「千円はするだろうな。皆高価な材料で出来ているし、しかもパリイ製だからな。あの若僧は、めちゃくちゃに金を使っていたとみえるな。」
ミンチン女史はむかむかとしました。バアロウ氏は、いくら代理人でも、クルウ大尉のすることに、さし出がましいことをいう権利はないはずです。ミンチン女史は、セエラとセエラの学校のために、惜しげなくお金を出してくれる、大事なクルウ大尉のことを、悪くいわれたくなかったのでした。
「バアロウさん、失礼ですが、どうして、そんなことを仰しゃるのですか。」
「十一になる子供の誕生祝いに、こんなものを贈るなんて、まったく気違いじみているじゃアありませんか。」
「しかし、クルウ大尉は財産家でいらっしゃるじ
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