から鼠鳴《ねずな》きをして(浅草の六区や玉の井の女が鼠鳴きして客をよんだが、これは古代からのならわしである)手を指し出してその男をよんだ。男は近づいて(何か御用ですか)と云うと、(ちょっと話したいのです。その戸は閉まっているようですが、押《お》せば開きます。どうぞ開けておはいり下さい)と、云った。男は、思いがけない事だと思ったが、とにかくはいると、女が迎《むか》えて(その戸を閉めてから、お上り下さい)と、云ったので上った。上ると、みすの中に引き入れた。昔は、一間の中にみすを垂れて、その中が女の居間であり、閨房《けいぼう》であった。さし向いになって見ると、年は二十ばかりで、愛嬌《あいきょう》があり美しい女である。この位美しい女に、誘惑《ゆうわく》された以上、男として手を拱《つく》ねていることはないと思ったので、一緒《いっしょ》に寝《ね》た。割合い広い家なのに、家人は一人もいない。どうした家だろうと、最初は怪《あや》しんだ、が、女と親しくなるにつれて、そんな事は気にならないで、日が暮れるのも忘れて寝ていた。夜になると、門を叩《たた》く者がある。外に案内に出る者もないので、男が起き上って行っ
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