になれやと斬って廻れば、流石《さすが》の徳川勢も、直隆一人に斬り立てられ、直隆の向う所、四五十間四方は小田を返したる如くになった。かくて孫三郎景健の危急を救い漸く右岸に退却した。だが、ふり返ると味方が、尚左岸に苦戦してひきとりかねている者が多いのを見て、さらば、援《たす》けえさすべしとて引き返す。
此時朝倉方の大将、黒坂備中守、前波新八郎、尚左岸にあり奮戦していた。前述して置いた小笠原与八郎長忠は、他国の戦に供奉《ぐぶ》せしは、今度が初めての事なので目を驚かせる程の戦せんとて、黒坂備中守に馳合った。二人とも十文字の槍だったが、小笠原の十文字|稍々《やや》長かった為めに、黒坂が十文字にからみとられ、既に危く見えたのを、小笠原槍を捨て、太刀をひきぬいて、備中守の兜を真向に撃ち、黒坂目くるめきながら、暫《しば》しは鞍にこらえけるを、二の太刀にて馬より下へ斬って落す。黒坂撃たれて、朝倉勢乱れ立ち、全軍危く見えし所に、真柄十郎左衛門及び長男十郎三郎|直基《なおもと》馳《か》け来って、父は太郎太刀、子は次郎太刀を持って縦横に斬り廻ったので、徳川勢も左右に崩れ立ったので、越前勢漸く虎口を遁《のが》
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