、久政も漸《ようや》く思返し、此頃は傍《そば》近く出勤しけるにより、今日評定の席へも差加へられたり。然るに長政の軍慮を承り、御存じの如く某《それがし》は三ヶ年濃州に罷在《まかりあ》りて信長の処置を見覚えて候ふが、心のはやきこと猿猴《えんこう》の梢を伝ふ如き振舞に候へば三田村まで御陣替あらば必ずその手当を仕《つかまつ》り候ふべし。若《も》し総掛りに軍し給はゞ味方難渋仕り候はんか、今|暫時《しばらく》敵の様を御覧ありて然るべきかと申しけるに、長政|宣《のたま》ふ様、横山の城の軍急なれば、其儘《そのまま》に見合せがたし。敵の出で来るを恐れては勿々《なかなか》軍はなるまじ、その上に延々《のびのび》とせば、横山|終《つい》に攻落《せめおと》さるべし。但し此ほかに横山を援《たす》けん術《てだて》あるべきや。今に於ては戦を始むるの外《ほか》思案に及ばずとありけるを聞て、遠藤喜右衛門然るべく覚え候。兎角する内に、横山の城中の者も後詰《ごづめ》なきを恨み降参して敵へ加はるまじきにもあらず、信長当方へ打入りしより以来《このかた》、心のまゝに働かせ候ふこと余りに云甲斐なし、早く御陣替然るべし。思召の如く替へ
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