おほせて、二十九日敵陣へ無二無三に切入り給はんには、味方の勝利疑ひ有るべからず。仮令《たとえ》ば敵方にて此方《このほう》の色を察し出向はゞ、その処にて合戦すべし、何のこはきことが候ふべき。喜右衛門に於ては必定信長を撃捕るか討死仕るか二つの道を出で候ふまじと思定め候、早早御出陣然るべしと申すにより、久政も此程遠藤が申すことを一度も用ひずして宜敷事《よろしきこと》無りしかば、此度|許《ばか》りは喜右衛門|尉《じょう》が申す旨に同心ありて、然らば朝倉殿には織田と遠州勢と二手の内|何方《いずかた》へ向はせ給ふべきかと申せしにより、孫三郎何れへなり共罷向ひ申すべくとありしかば、長政いや/\某が当の敵は信長なり、依て某信長に向ひ候ふべし。朝倉殿には遠州勢を防ぎ給はり候ふべしと定めて陣替の仕度をぞ急がれける。遠藤喜右衛門尉は、兼て軍のあらん時敵陣へ紛れ入り、信長を窺《うかが》ひ撃たんと思ひしかば、朋輩の勇士に談《かた》らひ合せけるは、面々明日の軍に打込の軍せんと思ふべからず、偏《ひとえ》に敵陣へ忍び入らんことを心掛くべし。然しながら敵陣へ忍び入り、冥加有て信長を刺し有るとも敵陣を遁《のが》れ帰らんこ
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