」
そこにいるのものは一斉に口を開いた。それほど彼の名は聞えている。彼は今川家のキャンサーだといわれている。氏元《うじもと》が豪奢遊蕩《ごうしゃゆうとう》の中心は彼だといわれている。義元の時よりは二、三倍の誅求があるのも、皆彼のためだといわれている。義元恩顧《よしもとおんこ》の忠臣が続々と退転したのも彼のためだといわれている。今川家の心ある人々は彼の名を呪っている。彼の悪評は駿河一国の隅々にまで響いている。その悪評を耳にしないのはおそらく彼自身だけであったかも知れない。実際、右衛門にはなんの罪もないのだが、右衛門の寵幸《ちょうこう》と今川家の退廃とが同時に起ったので、単純な世人はその前に因果関係があると思ったのである。実際彼は一人の無邪気な少年に過ぎない。彼は十三の時に、京の西洞院《にしのとういん》に侘住居《わびずまい》をしていた両親の手から今川家へ児小姓《こごしょう》に召し上げられたので、それ以来は、ただ主君や周囲からせられることを受動的に甘受していただけで、自分の意志を働かしては何一つしたこともないが、氏元の彼に対する寵幸があまりに極端なので、彼が巧みに主君を操っているように見え
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