った。
右衛門はたちまち縛り上げられた。その時代は、縛り上げる力さえあれば理由は要らなかったのである。右衛門は刑部の前に引き出された。刑部は戦争を始める時の欧州の文明国のように正義をちょっと借りて来た。
「右衛門、おのれは館《やかた》を見捨てた覚えがあろう、不忠不義者の首を刎《は》ねて館《やかた》に手向けるのじゃ」
このくらい立派な理由は、戦国時代の殺人については希有なことである。しかしいくら理由が通っていても、殺される者の苦しさは同じである。否、理由があって殺される方が、無法に殺されるよりも苦しいことがある。ともかく右衛門は殺されたくなかった。彼は激しく戦慄し始めた。二、三日前に百姓に殺されかけた時には、相手の方にいくらかの威嚇が加わっていたが、今日の宣告は真実で、まぎれもない実現性を帯びている。彼はどう考えても死ぬということが嫌であった。彼の過去の生活は安逸と愉悦とにみちていた。彼はこの世の中ほど面白い所がほかにあるとは思えなかったのである。彼は全身で死を嫌がった。刑部が、
「太刀は惣八郎取れ」といった時には声を上げて泣き出した。刑部はあざわらって、
「右衛門、命は惜しいか」と
前へ
次へ
全16ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング