のくらいな物言いがまず理屈のある方であった。三、四人の若者は右衛門に飛びかかった。子供にさえ手込めになるのだから、今度はさらに造作がなかった。兎のように皮を剥がれた。彼の美しい肉体は六月の太陽の下にたちまち色が変って行くほど白かった。
「右衛門なら殺してもええ」と弥惣次が怒鳴った。この頃は強い者が弱い者を殺すのは当り前のことであった。
「百姓を苦しめたのはそいつじゃ、一締めに締めてしまえ」といった。若者の一人は、土にへたばっている右衛門の首をちょっと締めてみた。右衛門は苦しがって激しくせきをした。その時、老人はまたあわれを催した。
「命をとるまでもない。赦してやれ」といった。若者にもあまり異存はなかった。弥惣次は一歩前へ出て右の足をあげて右衛門の肩にかけながら、
「命が惜しい。命ばかりは助けて下されといえ、いわずば赦すまいぞ」といった。右衛門は口惜し涙をぽろぽろとこぼした。若者はいかに若気ていても、武士じゃほどに勇《ゆう》に勇ましい捨身の言葉を吐くかと思っていたが、右衛門は低い声で、
「命が惜しい、命ばかりは助けて下され」といった。
「頭の下げようが足りない」と弥惣次は怒鳴った。
 右衛門は土につくほど頭を下げた。さっきから再び集っていた子供は一斉にわらった。
「さあ、はよう失せおれ」と二、三人に突き飛ばされて、右衛門はよろよろと立ち上った。美しい顔を泣き腫《はら》しながら、ただ褌《ふんどし》だけを身に纏うてとぼとぼと夕日の下を西の方へ歩んで行った。百姓どもは皆この臆病者をあざわらった。しかし裸で歩くことがことさらに軽蔑の一原因となったと思ってはいけない。この頃の少年は、夏はたいてい褌一つで歩いたものであるから。

 高天神《たかてんじん》の城へ右衛門の着いたのは、二日目の晩であった。城将の天野刑部《あまのぎょうぶ》が三年前に今川氏に人質になっていた時に右衛門は数々の好意を与えてやった。ある時刑部は、右衛門の前に両手をついてこの御恩は生涯忘れぬというた。右衛門はその言葉を信じて、はるばる高天神の城を頼って来たのである。彼が城へ着いた時は無論裸ではなかった。彼は誰に合力を受けたのか、粗末であるが着物を着ていた。刑部はこの珍客の来たのを見て、いくらか興味を起したらしい。それに氏元の生死はなお不明である。もし北条と武田とが氏元に合力することがあったならば、駿河一国を取り返すのはなんでもない。その場合には、氏元の寵臣《ちょうしん》を助けた自分の位置はすこぶる有利になるだろうと考えた。右衛門も普通の人間がつくぐらいの嘘はつくことができた。彼は乱軍の中で主人と別れ別れになった不幸をはじめとし、世を忍ぶために物具《もののぐ》を自分で捨てた話などを、言葉巧みにした。刑部はこれを疑う材料もなかったので、一室に請《しょう》じて、万一の場合、後で苦情をいわれぬくらいには歓待した。
 刑部は織田と今川との中間に位しているので、欧州戦争のギリシャのように、どっちへも付かずにうまくやっていたのである。三浦右衛門を養いながら彼は手を回して氏元の消息を探った。ところが氏元は織田勢に追い詰められて腹を切って死んだということがわかった。その知らせの挿話として、氏元の寵を一身に集めた三浦右衛門は、府中落城のその日に早くも主君を捨てて逐電《ちくでん》したということが添えられた。この知らせを聞いて刑部の考えついた政策はすこぶる常識的であった。右衛門を首にして織田氏に差し出して自分の二心のないことを知らせることであった。右衛門を殺すには主君に対する忘恩の罰を責めてそれを口実にすればいいと思った。
 右衛門はたちまち縛り上げられた。その時代は、縛り上げる力さえあれば理由は要らなかったのである。右衛門は刑部の前に引き出された。刑部は戦争を始める時の欧州の文明国のように正義をちょっと借りて来た。
「右衛門、おのれは館《やかた》を見捨てた覚えがあろう、不忠不義者の首を刎《は》ねて館《やかた》に手向けるのじゃ」
 このくらい立派な理由は、戦国時代の殺人については希有なことである。しかしいくら理由が通っていても、殺される者の苦しさは同じである。否、理由があって殺される方が、無法に殺されるよりも苦しいことがある。ともかく右衛門は殺されたくなかった。彼は激しく戦慄し始めた。二、三日前に百姓に殺されかけた時には、相手の方にいくらかの威嚇が加わっていたが、今日の宣告は真実で、まぎれもない実現性を帯びている。彼はどう考えても死ぬということが嫌であった。彼の過去の生活は安逸と愉悦とにみちていた。彼はこの世の中ほど面白い所がほかにあるとは思えなかったのである。彼は全身で死を嫌がった。刑部が、
「太刀は惣八郎取れ」といった時には声を上げて泣き出した。刑部はあざわらって、
「右衛門、命は惜しいか」と
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