顔を背《そむ》けた。そして馭者に命じて、速力を増さしめた。
その次の朝、イワノウィッチは、ワジェンキ宮殿の広場で、不意にダシコフ大尉と会った。彼は妙な圧迫を感じて足を止めて挙手の礼をした。するとダシコフは、悪意のある微笑を湛《たた》えながら、近寄ってイワノウィッチの肩を軽く叩きながら、
「君は第一大隊の士官候補生《ユンケル》だったね。わしは連隊副官のダシコフだ。いいか! 連隊副官のダシコフだよ」といいながら、さらに皮肉な笑い方をした。
イワノウィッチは、この男が恋の相手たる自分を、階級の力をもって圧迫しようとする悪意を、ありありと感じたのである。彼は反抗の心が、胸に溢れるのを感じた。するとダシコフは再びイワノウィッチの肩を叩きながら、
「またゆっくり会おう。白鳥座以外のところでね」といいながら、脅威的な悪意のある笑みを残して去った。
三
七月が、だんだん終りに近づいた。ワルシャワの市街を照す日光は、日に日に熱度を加えてきた。それと同時にワルシャワを半円に取り巻いている独軍の戦線が、時々刻々縮まっていった。
イワノウィッチには、毎晩夜の来るのが待たれる。昼
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