手《ライバル》は、またすぐ大きい花籠をリザベッタに贈って、その挑戦に応ずるのであった。
 イワノウィッチは、相手の名をリザベッタにきくと、彼女は微笑をもらしながら、なんとも答えなかった。
 が、間もなく、イワノウィッチの敵手《ライバル》を探る瞳に映じたのは、いつもこの小屋でよく顔を合わす同じ連隊の一等大尉のダシコフの姿であった。ダシコフは連隊副官を務めている大きい図体の男であった。この男は毎晩必ず一人で、桟敷に姿を見せていた。そしてきっと、花束を一つだけは用意しているのであった。
 イワノウィッチは、本能的にこの男を、自分の競争者だと感じていた。イワノウィッチの感じは、彼をまったく欺《あざむ》かなかった。ある晩、彼は馬車を雇って、リザベッタが楽屋から出るのを迎えていた。
 彼は、華やかな恋の欣《よろこ》びを感じながら、小柄なリザベッタを抱えるようにして、馬車に乗せて馭者《ぎょしや》に合図の手振りをした。その時であった。彼は楽屋口の閉場《はね》時の、混乱した群衆の中に、連隊副官のダシコフ大尉の蒼白な頬と、燃ゆるような二つの瞳とを見出したのである。イワノウィッチは怖ろしいものを見たように、
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