、淋しい陰影を持っていた。やや感傷的なイワノウィッチは、彼女のこうした淋しさにかえって心をひかれるのであった。
 彼は、毎夜必ずリザベッタの出演する白鳥座の桟敷に、身を置いた。そして、彼女があまり目立たぬ役を演じ終ると、決まって花束を贈ったのであった。
 イワノウィッチがその女を獲るのは、ほんの僅かな労力であった。二十日も経たぬ頃には、彼は彼女と一緒に、ワルシャワの街の夜ふけに、馬車を走らせている自分を見出したのである。が、イワノウィッチは、自分の恋に恐ろしい競争者のあることにすぐ気がついたのである。幕が降りてから、歌手たちが銘々贈られた花束を手にして再び舞台に現れる時、リザベッタは、必ず二つの花束を持っていた。一つはイワノウィッチが贈ったものであったが、他の一つは何人《なんびと》によって贈られたのか分からなかった。人気の立たない、淋しいリザベッタは、二つ以上の花束を持っていることは、はなはだ希であったが、二つを欠いたことはなかった。イワノウィッチは、花束の代りに上等な花輪を贈ってみた。すると、リザベッタはまた二つの花輪を持って舞台に現れた。イワノウィッチが大きい花籠を贈ると、隠れた敵
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