なり大きい反感を持たずにはいられなかった。が、イワノウィッチは、若い青年であった。ことに彼の血には歓楽に脆《もろ》い南ロシア人の血が流れていた。
 イワノウィッチが編入された、ワルシャワの守備の連隊が駐屯していたワジェンキ王宮の近所には、パガテラという有名な遊園地があった。そこには、喜歌劇や活動の小屋が、いくつもいくつも並んでいた。連隊の士官たちは、毎晩九時頃から、昼間の練兵の疲れをまったく忘れたかのように、銘々、緑色の新しい軍服に着替えて、髭《ひげ》をていねいに手入れして、小劇場の桟敷《さじき》に顔を並べていた。彼らは銘々花束や花輪を用意して、気に入った歌手の女に贈るのであった。イワノウィッチも、こうした歓楽にすぐ馴れてしまった。
 イワノウィッチの注意を最初にひいた女は、リザベッタ・キリローナという歌手であった。彼女は一座のスターではなかった。が、その娘らしい表情と潤《うるお》いのある肉声とは、容易にイワノウィッチの心に食い入ってしまった。彼女の丸い顔立とやや黄味のかかった瞳とは、彼女のポーランド人であることを明らかに説明していた。彼女は、日陰に咲く淋しい草花のように、自分の周囲に
前へ 次へ
全30ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング