えてしまった。ただ自分が操っている機関銃のみが反抗の悲鳴を続けているのであった。砲弾が、続けざまに彼の身辺で破裂した。
 が、彼はもう気が上った人間のように、機関銃の引金を夢中で引いていた。この時には上官を殺した悔恨も、国家に対する忠節も、なんにもなかった。ただ、熱狂せる戦いがあった。ただ狂猛なる発作があった。敵の砲弾がしばらく途絶えたかと思うと、激しい空気が彼を襲ったと思う間もなく、大音響と共に、彼は大地に投げつけられて昏倒したのである。
 が、その時、味方の危急を知って駆けつけた露軍の野砲隊が応戦の砲火を開いた。左の腕を切断され、右の大腿《ふともも》を砕かれ、死人のごとく横たわっているイワノウィッチの上で、露独の烈しい砲火が交《か》わされたのであった。

          六

 野戦病院の寝台の上で蘇生をしたイワノウィッチは、激しい熱病から覚めた人間のように、清霊《せいれい》な、静かな心持を持っていた。
 彼には、なんらの悔恨もなかった。なんらの興奮もなかった。彼が歓楽の瞬間も、罪悪の瞬間も、戦線で奮闘した瞬間も、すべてがなんの感情も伴わずに、単なる事実として思い出された。もう
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