今こそ、死ぬべき時だと思った。味方は、ライ麦の畑を踏み荒しながら、散開した。がそれと同時に唸りながら飛んできた榴弾が、彼らの頭上に続けざま十二、三回破裂して、彼らの三分の一を奪ってしまった。
 大隊に付属している三門の機関銃が、敵に対して、弱い、しかしながら緊張した反抗を始めたのであった。
 が、十門に近い敵の野砲は、やすやすとその鏖殺《おうさつ》事業をやっている。六百メートルという近距離の射程では、地面を這う昆虫をさえ逃さなかった。
 榴弾が破裂するごとに、二、三十人の兵卒を砕いた。一町にも足りない散兵線は、十分と立たぬ間にまばらになった。大隊長が、まず倒れた。三人の中隊長のうち、一人は戦死し、二人は傷ついた。
 イワノウィッチは、いちばん左翼にいて、機関銃隊を指揮していた。敵の砲弾は一渡り戦列を荒すと、機関銃隊を最後の目標とした。操縦者がみるみるうちに倒れた。イワノウィッチは、敢然として、自ら機関銃の操射に当ったのである。
 彼は、今日こそ自分の生命をいちばん高価に売ろうと考えた。彼は自分で銃弾を運び、自分で装填《そうてん》し、自分で狙った。見ると、味方の戦線からは銃声がほとんど絶
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