ャワへ入る最初の独軍の将校の持物になるだろう。この女は、独軍がワルシャワを占領しても、やはりアルトを歌っているのだ。そして、多くの独軍の将校が、お前が投げたように花輪を投げるのだ。この女を完全にお前のものにするのは、ただこの卒倒した状態をそのままにしておくのだ。この女を再び意識の世界へ帰さなければいいのだ。ただそれだけだ。
 彼の頭は嵐のように混乱した。彼は再び拳銃を持ち直し、リザベッタのそばへ寄ったのである。

          五

 彼が戸外《おもて》へ出ると、外はもう宵よりも混乱の度を加えていた。そのうえ時々、タウベが落す爆弾の炸裂する声が、激しい騒擾《そうじょう》に更に恐怖と不安とを加えた。
 大きい建物が、市街のあっちこっちで盛んに燃えていた。その炎で赤くただれた空に、細かい尖塔や円いドームが隠見した。
 彼は、再び、深い悔恨に浸っていた。どうしても、この世に身の置き所のないような、深い深い悔恨に浸っていた。
          ×
 八月五日の夜に、ワルシャワは陥ちた。イワノウィッチの属していた第五十五師団の第二連隊も、ワルシャワを撤退して、ヴィスワ川の右岸の戦線に就い
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