うにちょっと苦笑いをしたが、彼はすぐ椅子に反り返りながら、
「士官候補生《ユンケル》イワノウィッチ!」と命令口調をもって、いい放った。「お前は、ブラウスキ街の十二番地を知っているだろう。いいか、わしは今、上官として、お前に命令を発するのだ」
 イワノウィッチは、こう聞いた時、挑戦の手袋を投げつけられたように、きっ[#「きっ」に傍点]となった。
 ブラウスキ街の十二番地というのは、彼の新しい情人であるリザベッタの住んでいる建物の所在地に相違なかった。
「わしはお前の上官だよ。いいかイワノウィッチ! わしのいうことは命令だよ。いいか! 注意をしてききなさい。お前は、今後ブラウスキ街十二番地に足踏みをしてはいけないんだ。いいか、あそこにある、木造の階段を昇ってはならないんだよ。いいか分かったか」
 この命令をきいていたイワノウィッチの顔は、充血したと思う間もなく直ちに蒼白になってしまった。そして彼の唇が痙攣的《けいれんてき》に震え始めた。
 が、ダシコフ大尉はこういってしまうと、今までのことがまるきり冗談であったかのように、笑い出してしまった。彼は急に言葉を和らげて、
「が、わしは、只では命
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