令はしないよ。この命令には、ちゃんと賞罰が付いているのだ。イワノウィッチ君、お前はサン・ジョルジェ十字勲章を欲しくはないか。年金の付いたやつだよ。一年に三百ルーブルの年金の付いたやつだよ。わしはこの連隊の副官だ。いいか、勲章の申請は、わしの思う通りになるのだ。どうだイワノウィッチ君! 安っぽい歌劇の歌手よりも、十字勲章の方を選んだらどんなものだ」こういいながら、ダシコフは、ふたたび哄笑したのである。
 が、若いイワノウィッチには、恐ろしい激動があったばかりである。彼には、まだ正義の心が、何物にも紛《まぎ》らされないほど、明らかに残っていた。ことに、彼から情人リザベッタを、権力と手段とで奪って行こうとするダシコフの態度に対する憎悪が、旺然《おうぜん》と湧いてくるのを制することができなかった。
「どうだ、イワノウィッチ君!」
 ダシコフは、返事を催促した。イワノウィッチは自分の激怒を放つべき機会を得たように思った。右の手が剣※[#「木+覇」、第4水準2−15−85]《けんは》を探ろうとする動き方をするのを、ようやく制しながら、
「豚《ぶた》め」と吐きつけるようにいうと、そのままドアを力まか
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